しばらくmixiで日記を書いていたため此方がまったくお留守になってしまった。
mixiも紹介制でなく自己登録できるのだからよいようなものだが、仲間内の連絡とブログは別物だろうと思い直し再開することとする。タイトルもちょっと変えてみた。
櫻桃庵はわが弊屋のことです。小さな庭に植えた苗木がいつの間にか大きくなりました。俳句や本や映画や友達のことなんかをぽつぽつ書く日記です。 2007年から2010年までmixiに引っ越していたため更新できておりませんでしたが、此方も少しずつ書いていきます。
2007年11月11日日曜日
みちのく一人旅 中尊寺
前回の日記から時間がたってしまいましたが、一ノ関の翌日です。
朝早い電車で平泉へ。意外と近いですね。
ホテルでご飯を食べずに土地のものを食べよう! と出てきたのですが早すぎて名物のわんこそばもふくめ何処もあいていません。 結局駅の売店でアンパンと牛乳です。
さて、気を取り直し雨の平泉を堪能です。 駅からまず線路を超えて北上川の方に進みます。 伽羅の御所 柳の御所 といった遺跡が発見されたところです。今は住宅地になっていたり、土手沿いの畑になっていたりして当時の建物は何もありません。 昔の政庁だったようですが、雑草だけが枯れかかった雨の遺跡はなかなか虚無感が漂っております。
そのまま上がっていくと、義経終焉の地といわれる高館義経堂(たかだちぎけいどう)です。結構狭い高台で雨で水溜りだらけの階段を上ると義経を祭った小さな社と芭蕉の句碑「夏草や兵どもが夢の跡」があります。眼下には北上川が800年も姿を変えずに、義経が死に藤原氏が滅亡しても「そんなのかんけーねー」とけぶっております。
そこから中尊寺までは結構ありましたが靴の中をカポカポになるまでぬらしながら歩いてみました。 中尊寺は結構また高台にありへろへろになりましたが、一足早い紅葉が盛りで、また雨に濡れて鮮やかになり靴までぬらした甲斐をやっと感じました。 こんどは芭蕉像があり「五月雨も降り残してや光堂」の句碑です。 わたしはどうも当時の芭蕉のように藤原氏に同情も出来ない所為か、金色堂もなんかやーらしーなーと思ってしまいました。 自分たちの四代の墓を金ぴかにして、この世の極楽を体現しようと言うのは何処でも王様になるとするのでしょうが、権力者の木乃伊の飾りをありがたがるのはちょっとなーと思う天邪鬼であります。 むしろお役ご免になった鞘堂(金色堂を保護する一まわり大きいお堂)が移築されているのがものの哀れを感じさせられました。
山を下って毛越寺(もうつうじ)にいたります。ここも広い!京の都にあるものより一寸でもでっかく豪華にといった見栄がこの寺院を作ったのでしょうがここまで来るともう、北の独立国の朝廷を感じます。 そーだ御所っていってたもんなあ。 ここの紅葉も素晴らしく多くの若くないアベックが感嘆しながら散策しておられました。 (翌日はピーカンに晴れて列島縦断俳句スペシャルやってました。小川軽舟さんなんかもいてTVみながら地団駄踏みました。)
公孫樹黄葉高館に川見下ろせり
朝霧や北上川の曲がりたる
秋の川廃墟の角を曲がりけり
びしょびしょに濡れて紅葉の義経堂
高館の坂降りけり帰り花
みちのくの訛り添ひ来る初時雨
中尊寺紅葉の坂をうつぶきて
あさましや金色堂の大野分
鞘堂のからつぽに落つ紅葉かな
芭蕉像とどまってゐる秋の道
葬の客紅葉の客を毛越寺
坊跡の紅葉盛りとなりにけり
朝早い電車で平泉へ。意外と近いですね。
ホテルでご飯を食べずに土地のものを食べよう! と出てきたのですが早すぎて名物のわんこそばもふくめ何処もあいていません。 結局駅の売店でアンパンと牛乳です。
さて、気を取り直し雨の平泉を堪能です。 駅からまず線路を超えて北上川の方に進みます。 伽羅の御所 柳の御所 といった遺跡が発見されたところです。今は住宅地になっていたり、土手沿いの畑になっていたりして当時の建物は何もありません。 昔の政庁だったようですが、雑草だけが枯れかかった雨の遺跡はなかなか虚無感が漂っております。
そのまま上がっていくと、義経終焉の地といわれる高館義経堂(たかだちぎけいどう)です。結構狭い高台で雨で水溜りだらけの階段を上ると義経を祭った小さな社と芭蕉の句碑「夏草や兵どもが夢の跡」があります。眼下には北上川が800年も姿を変えずに、義経が死に藤原氏が滅亡しても「そんなのかんけーねー」とけぶっております。
そこから中尊寺までは結構ありましたが靴の中をカポカポになるまでぬらしながら歩いてみました。 中尊寺は結構また高台にありへろへろになりましたが、一足早い紅葉が盛りで、また雨に濡れて鮮やかになり靴までぬらした甲斐をやっと感じました。 こんどは芭蕉像があり「五月雨も降り残してや光堂」の句碑です。 わたしはどうも当時の芭蕉のように藤原氏に同情も出来ない所為か、金色堂もなんかやーらしーなーと思ってしまいました。 自分たちの四代の墓を金ぴかにして、この世の極楽を体現しようと言うのは何処でも王様になるとするのでしょうが、権力者の木乃伊の飾りをありがたがるのはちょっとなーと思う天邪鬼であります。 むしろお役ご免になった鞘堂(金色堂を保護する一まわり大きいお堂)が移築されているのがものの哀れを感じさせられました。
山を下って毛越寺(もうつうじ)にいたります。ここも広い!京の都にあるものより一寸でもでっかく豪華にといった見栄がこの寺院を作ったのでしょうがここまで来るともう、北の独立国の朝廷を感じます。 そーだ御所っていってたもんなあ。 ここの紅葉も素晴らしく多くの若くないアベックが感嘆しながら散策しておられました。 (翌日はピーカンに晴れて列島縦断俳句スペシャルやってました。小川軽舟さんなんかもいてTVみながら地団駄踏みました。)
公孫樹黄葉高館に川見下ろせり
朝霧や北上川の曲がりたる
秋の川廃墟の角を曲がりけり
びしょびしょに濡れて紅葉の義経堂
高館の坂降りけり帰り花
みちのくの訛り添ひ来る初時雨
中尊寺紅葉の坂をうつぶきて
あさましや金色堂の大野分
鞘堂のからつぽに落つ紅葉かな
芭蕉像とどまってゐる秋の道
葬の客紅葉の客を毛越寺
坊跡の紅葉盛りとなりにけり
2007年10月27日土曜日

今夜一関の「BASIE」に行ってきました。
JAZZファン、オーディオファンには聖地です。
東京の店が次々に廃業している中で、一関にあっても日本全国からの巡礼者が後を絶たず健在であります。
重い扉を開けるとサックスの圧倒的な音が・・・・・・・・
ズートシムズとアルコーンの二本テナーとフィルウッズのアルトが炸裂しております。
ズートシムズとアルコーンの二本テナーとフィルウッズのアルトが炸裂しております。
"A Night at the Half Note/ Al Cohn and Zot Sims"
家でどんなに大音量でかけても足元にも及ばない「音」に打ちのめされ、蹂躙され、恍惚となってJAZZ喫茶には不似合いに美味しい珈琲を啜りました。
本当は23時までやっているはずの店ですが、私1人になったら後の客は入れてませんでした。・・・ということはあと一時間ももたもたしていたら私も入れなかったのでしょう。そのテキトーな時間の流れもこの店の聖地たる所以でしょう。
コルトレーンに頭割られて秋深む
鬼胡桃震えてゐたりJAZZの店
仏手柑咆哮止まぬサキソフォン
2007年10月8日月曜日
2007年6月24日日曜日
小川菊 「鰻重」 (川越)

写真はいわれたとおりの一番安い奴です。(肝吸い、香の物付)
鰻自体の質はかなり高いです。柔らかくかつ焼目は香ばしく焼きあがっております。
よく、客の面あみてから裂くんで小一時間も待たせねえ店はハンチクだあ・・なんてえことを申しますが、ここは大衆店ですし、観光地の繁盛店なので蒸しまで済ませたものを焼いて出してきます。それでも十分旨いです。自分の主張ではなくグルメ本頼りの半可通には来てほしくない店であります。
tel : 049-222-0034
老人にその親もゐて鰻かな
2007年6月10日日曜日
映画 「弓」
キム・ギドク 監督の韓国映画です。海に浮かぶ船の上でふたりきりで暮らす老人と少女。老人は10年前に連れて来たこの少女が17歳の誕生日を迎えた時、彼女と結婚しようと考えていた。ところが、少女が青年と恋に落ちてしまい…ってなことらしいです。
老人役は泉谷しげるに良く似ていてどうせセリフが無いんだから本人を出してみたくなりました。
物語は変態ジジイが幼児誘拐して17歳になったら処女を奪おうとしていたのか、老人自体が海のあやかしなのかよくわかりませんがいわゆる「変な話」です。
海の上で弓占いをする映像が幻想的ですばらしい、少女役のハン・ヨルムはセリフがなくて難しい役だと思いますが良く演じています。
少女性と娼婦のような表情が交錯し、占いを内緒話のように耳元でご宣託するシーンはエロティックです。音楽も劇中で弓を使って奏でる二胡の調べも綺麗です。前作の「サマリヤ」を観たくなりました。
何の脈絡も無くこの子が屈託無くパンツ下げておしっこする所はオヤジ向けのサービスショットでがっがりだし、最後に観念的な破瓜シーンを撮るところもあまり趣味はよくありません。急に神がかりになって無理やり終了というのも私の好みには合いませんがその分割り引いても詩情のある映画として評価しておきましょう。
夏穹や少女は弓となってをり
映画 「あなたになら言える秘密のこと」
監督イザベル・コイシェ 主演サラ・ポーリー以下ネタばれもあるのでこれから観ようという人は避けたほうが良いかも? です。
このコンビは「死ぬまでにしたい10のこと」のふたり、ちょっと警戒です。前作は貧しいが幸せだと思っていた若い主婦が不治の病で余命数ヶ月と告げられ、子供達にメッセージを残すことに始まり、不倫まで悔いの残れないようにしまくって、自分の後添いの世話までして・・・というような、ちょっとひねった知的な女性にお涙頂戴を仕掛ける悪い映画です。
今回は工場で働くイワクありげな女の人、判で押したように精勤、喰う物もライスと唐揚げと林檎半分だけ。そんな彼女が精勤過ぎて組合から睨まれ長期休暇をとらされて旅に出るというやや無理のアル展開です。彼女がもと看護婦であること、油田で大怪我をした男のために休暇を利用して看護を申し出る。男にもイワクが・・ 人のいない海上油田でのさまざまな出来事で心を開いていく主人公・・・。
彼が秘密を語ったことで、彼女もなぜ自分がすべての感情や官能を捨て去ったかを語る。
ここで旧ユーゴの戦乱のなかで彼女が負った女性として生を閉ざそうとするほどの悲惨な体験。
ここでまた女性観客は泣かされちゃうのか?
とても重い内容を癒しの映像でとても綺麗に撮っているし、一見ハッピーエンドで終わっているのですが、女性の共感方程式の幕の内弁当のような感じを受けた瞬間に、私の頭の中で「トカトントン」という音が聞こえてきて、冷めてしまいました。この感じ方の悪さのほとんどは自分の捻くれとわかってはおります。お許しください。
そんな私でも泣きたいときはストレートに難病純愛物などを選択します。
またその話はいずれ
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