櫻桃庵はわが弊屋のことです。小さな庭に植えた苗木がいつの間にか大きくなりました。俳句や本や映画や友達のことなんかをぽつぽつ書く日記です。 2007年から2010年までmixiに引っ越していたため更新できておりませんでしたが、此方も少しずつ書いていきます。

2007年5月20日日曜日

小石川後楽園

私の職場から数分のところに小石川後楽園という庭園があります。旧水戸家の庭園を都が管理しています。あまり広くありませんが中央の池をメインにした回遊式の日本庭園はよく出来ていて、入園料をとる所為か人も少なく快適です。300円を払う価値はあります。

ラグタイム常連のM老師から教わった裏技は涵徳亭という園内にある「集会施設」には入場料を払わなくても入れて窓から庭を眺めながらゆっくりランチが食べられることです。都立ですからリーズナブルなメニューがあるようです。欠点は集会所なので、予約貸切になってしまうと昼の営業がなくなることです。私が訪れた日も残念ながら営業していませんでしたが、写真の茶巾寿司におかずが付いたお弁当を売っていました。600円という驚きの価格だったので、入園料も奮発し池の畔にあるベンチで頂きました。池の鯉にも餌を投げてやりながら寄ってくる雀の仔にご飯粒をあげたりして、なんだか和みのランチを摂ってしまいました。

藤棚では丁度、インターネット句会の兼題の「藤」の取材ができました。
梅、枝垂桜、花菖蒲、睡蓮などの折々の花を当てにして、俳句吟行、スケッチ、写真部とかなり高齢なグループががんばっておりました。
今回は昼休みだけの吟行でしたが、またゆっくりといってみたいところです。

夏めくや鯉の口より起る風

藤の花

4月から5月にかけて咲きます。

先日行った生田民家園の周りの緑地には山藤が裾野を薄紫に染めていました。 よく藤棚にあるのは観賞用です。蔓は必ず右巻きらしく、皆賢いわけです。
風にふわりと揺られる形や、薄紫のみやびな色合いが優しく、晩春、初夏の清々とした空気の中で愛でられます。白藤も奇麗らしいのですが残念ながら私は見たことがありません。季語としては春に分類されています。

腐すとも落つるともなく夜の藤

佇みて藤の色香を浴びてをり

藤の下抱かれる為に通りけり

藤棚の汀に舟を進めけり

2007年5月6日日曜日

映画 「不思議惑星キン・ザ・ザ」

私が、2000年以降に観た映画で最高傑作です。
旧ソ連製作というのでびっくりでしました。
制作年度は1986年 ペレストロイカの翌年です。
1987年リオデジャネイロ国際映画祭・特別賞受賞・・らしい。
監督はグルジア共和国出身のゲオルギー・ダネリアというひとだそうであとの作品は知りません。

なにがそんなに良いか? 
一言で言うと、ぬるくて調和が取れている世界観です。

かみさんに言われて買い物に出た男が空間転移装置で途の惑星「キン・ザ・ザ」へとワープさせられてしまい悪戦苦闘して帰ってくるという話です。飛ばされた世界はいい加減な人々にすむいい加減な世界なのですが、暗いソ連の世界から見るとユートピアに見えます。其処から必死で帰ってこようとする主人公と学生の二人がなんとも滑稽で哀しいです。
ソ連の体制への風刺も体制側に分からないように織り交ぜているように感じますが、当局もよくこのような「国威向上、勤勉精神発揚に役に立たない」作品を許したかよくわかりません。
天国と金持ちをおちょくっているところでうまく手を打ったのかもしれません。
やはりゴルバチョフの功績か??

マッチ棒に非常な価値があるという価値崩壊が小気味よいです。
JAZZを取り混ぜてアメリカ的なものに対する反感と憧れがでているように感じました。
とってもダメダメな、キンザザ星人のふたりのおっさんがとても愛すべき存在で、最後には別れがたい気持ちに(私が)なります。
美術と音楽はレベルが高く低予算での苦労がしのばれますが、スタッフが楽しんでいるツボが随所にあってやっとそんな遊びが出来るようになった人たちの気持ちに思いをいたすと思わず泣けてきます。
(普通は絶対に泣けません)

まったく「ありえねー」映画ですが私の中ではリアリティのある世界です。
一回飛ばされたい世界です。

春愁や砂丘に燐寸箱一つ




2007年4月28日土曜日

甘味処 「竹むら」 (須田町)

昭和五年創業の老舗 周囲は須田町老舗街といって、洋食「松栄亭」、鮟鱇鍋「いせ源」 鳥鍋「ぼたん」蕎麦の「まつや」、「神田藪」など錚々たる店が軒を並べる一角です。
昔は都電のターミナル駅で、そのせいか交通博物館もすぐ傍にあります。(すでに閉館して大宮に鉄道博物館として再出発するらしいです)
都指定歴史的建築物に指定されている木造はシブイです。なかもきっと変わっていないのだろうなと思わせるやさしい白熱灯の光が控えめにともっています。
一階は椅子席と小座敷で二階は座敷が広そうなので句会には絶好な感じです(要チェック!)

私の定番は粟ぜんざいですが、黒餡しるこも唸ります。当今のあっさりした甘味ではなく古典的な甘さなのですが癖がなく後味が素敵です。最初に出てくる桜湯の清涼な味とかなりおいしい日本茶、紫蘇の実の塩漬けが名脇役です。
注文を聞いてから揚げてくれる揚饅頭も名物で熱々をほおばるのも良いですが、さめてもまたうまいので、「不都合」のあった時お土産にすれば奥さんも恋人も矛先をそらしてくれること請け合いです。
池波正太郎もよく飲んだ後にちょいと寄っていたらしいので、のんべえの方も試す価値はあります。

溜息をつくほどひらく桜漬

住所  東京都千代田区神田須田町1-19
電話 03-3251-2328

映画 「幕末太陽傳」

久しぶりにビデオを引っ張り出して観ました。
もう50年も前の映画です。
世の中は石原慎太郎の小説からブームになった「太陽族」が跋扈していたらしく、フランキー堺が主役であるにもかかわらず、裕次郎、二谷英明、小林明などの当時のイケメンをちょっと出してタイトルに「太陽傳」と冠してしまうというトホホな題名です。
太陽族が無軌道な若者の代名詞でもあった時代ですから、喜劇のタイトルとしては逆にアバンギャルドで反体制だったのかもしれません。

内容はすばらしい。
居残り佐平次、品川心中、お見立て、三枚起請、五人廻しといった廓噺をつなぎ合わせてコミカルでちょっと乾いたシナリオとなっています。川島雄三監督、今村昌平助監督というのは渋いです。

主役のフランキー堺扮する「居残り佐平次」わざと勘定を踏み倒し廓に住み込むことが生業の男。飄々と廓の世界を泳ぎ回っているように見えますが、肺病病みで世間をシニカルな視点で眺めています。高杉晋作役の裕次郎に斬られそうになりながら、「首が飛んでも動いてみせまさァ」といってするっと消えていくラストシーンは戦後のバイタリティと退廃が同居しています。

<脇役陣>
金子信夫、山岡久乃の楼主夫妻は先日観た「さくらん」の石橋蓮次、夏木マリと同じハマリ役ですがやはり上をいっています。
岡田真澄はきれいな若い衆で女郎が生んだ外人の子という設定で、金子信夫の楼主に「おまえなんか陰間茶屋に売っちまうぞ」といわれておびえる風情が本当にリアルです。
南田洋子、左幸子のキャットファイトも「さくらん」の土屋アンナのとび蹴りより迫力あります。
特筆すべきは尊敬する小沢昭一演ずる「貸し本屋の金ちゃん」怪演です。
このビデオを貸した角之進さんによると、途中で出てくる「伸びをする犬」が最大の役者であるとおっしゃっていました。さすが「木を見て森を見ない」と自称されるだけある観察眼です。
わたしは金ちゃんが身投げしそこなって川から掴みあげた猫の冥福を祈りたいところです。

「さくらん」をみてぴんとこなかった方も含め、若い映画ファンにはぜひ見てもらいたい映画です。

カフェラグタイムライブ 「ハチタカ」

ハチタカ その28回目 であります。 小林貴子(vo)+蜂谷真紀(pn,arr,cho)
すごい声量と歌唱力、最近とみに表現力も凄みの出てきた貴子さん、蜂谷さんのJAZZのお弟子さんです。今宵もゴスペル、JAZZでラグタイムの小さな店内を縦横に震撼させました。
ゴスペルは私のような、どの神にも仏にもいい顔してしまう人間にも神様の光を降り注いでくれます。
歌の中で神様の列車が走ってきたりします。聖書には電車は載っていないだろうなとおもいながら飛び乗れるような路面電車であったらよいあと夢想します。

蜂谷さんは昨日までの40℃の発熱で浄化されたといいながら、自重するはずのコーラスもマイクがあると自制できずガンガやっておられました。

藤棚を揺らして路面電車かな

2007年4月21日土曜日

吟行 「春の川」

電車に少し乗ると線路に直角に小さな川が流れています。
桜の時期には両岸が満開になりどこまでも続きます。

その桜も散った先日一人で吟行してきました。
吟行とは、まあ遠足のようなもので違うのはそこで見たものや感じたことを俳句にすることです。
日曜画家がスケッチにいくようなものでしょうか。

ジョギングする人、ウォーキングしている老夫婦、子供達・・のどかな春の風景を見ながらのんびりと川を遡上します。
稚鮎が釣れるようで親子連れが歓声を上げています。

対岸で、一人の老人が1M近くもある鯉を釣上げました。
かなりあばれるのをやっと捕まえたと思ったら、老人はしゃがみこみ釣上げた鯉と話を始めました。
「なあ鯉よ、俺とかわってくれないか」
「人間などという不自由なものにはなりとうない」
「まあ。そうじゃろうな・・」

たぶんこんなやり取りの後に老人は鯉の針をはずしてやって軽く頬を三回たたくと、川のほうへ押しやって帰してやりました。
私は岸のこちら側から聞こえるはずのない拍手を少ししてまた歩き始めました。

鋤洗う女を洗う春の川